私は現在54歳。34年間勤めてきた会社を退職しようと考えています。
年収は約1,100万円。
仕事が嫌いで、仕方なく働いてきたわけではありません。
むしろ、私は仕事が大好きでした。
休日でも仕事のことを考え、長期連休になると早く働きたいと思っていたほどです。
そんな私が、今では会社に行くことすら苦しくなり、適応障害と診断され、休職しています。
なぜ、ここまで変わってしまったのか。
振り返ってみると、仕事が嫌いになったというより、仕事に対する気持ちが少しずつ変わっていたのだと思います。
今回は、34年間の会社員人生を振り返りながら、年収1,100万円でも退職を考えるようになった理由を書いてみます。
休日でも仕事のことを考えるほど楽しかった
若い頃の私は、仕事に夢中でした。
休みの日に買い物をしていても、
「これ、仕事に役立つかもしれない」
そんなことを考えて、ワクワクしていました。
長期連休になると、早く仕事がしたくなる。
休日なのに会社に行って、勉強していることもありました。
誰かに強制されたわけではありません。
自分がやりたかったのです。
学んだことを仕事で実践すると、成果につながる。
成果が出れば、もっと工夫したくなる。
その繰り返しが楽しくて仕方ありませんでした。
気づけば、最年少で取材を受けたり、専門書に取り上げられたりしたこともありました。
自分で言うのもなんですが、仕事は順風満帆だったと思います。
当時の私にとって、仕事は生活のためだけにするものではありませんでした。
仕事そのものが、人生の楽しみの一つだったのです。
本社勤務になり、仕事の面白さがさらに広がった
その後、本社勤務になりました。
現場で働いていた頃とは違い、自分の裁量で動かせる範囲が大きくなりました。
一つの店舗だけでなく、多くの店舗や社員に影響を与えられる。
自分の考えた施策が実行され、業績が向上する。
仕事の面白さは、さらに広がりました。
現場で培ってきた経験を、今度は会社全体のために生かしたい。
そんな思いで仕事に取り組んでいました。
役職が上がれば、責任も大きくなります。
それでも、自分の考えで会社を良くしていけることに、やりがいを感じていました。
ところが、本社で働くうちに、それまで知らなかった会社の一面が見えてきました。
本社で知った会社の現実
大きな会社には、長年続いてきた慣習や組織の事情があります。
それ自体は理解できます。
しかし、私には納得できないことも少なくありませんでした。
現場の声が、経営トップに十分伝わっていないと感じることがありました。
組織の立場や利害関係が、判断に影響しているように見える場面もありました。
会議のための資料作りに、多くの時間を費やす。
数字の見せ方や資料の作り方について、自分の考えとは異なる指示を受けることもありました。
私は、もっと現場のためになる仕事に時間を使いたいと思っていました。
現場には、お客様や会社のために一生懸命働いている社員がいます。
その努力や現場の実情を、経営判断にもっと生かしてほしい。
そんな思いが強くありました。
もちろん、会社には私の知らない事情もあったと思います。
経営する立場になれば、現場だけでは見えない判断も必要なのでしょう。
それでも、現場を経験してきた私には、どうしても納得できないことがありました。
会社を良くしたくて戦ってきた
私は、納得できないことがあれば、自分の意見を伝えてきました。
現場のため、会社のためになると思えば、相手の立場に関係なく意見を言う。
そんな仕事の仕方をしてきました。
実際に、自分の提案が採用され、成果につながったこともあります。
しかし、大きな組織を変えることは簡単ではありません。
一つ改善しても、別のところで壁にぶつかる。
会社全体にとって何が最善なのか、立場によって考え方も違います。
いつしか、仕事そのものよりも、社内の調整や人間関係に多くの時間と労力を費やすようになっていました。
「私は会社を良くしたくて働いているのに、なぜこんなことに時間を使っているのだろう」
そんな疑問が、少しずつ大きくなっていきました。
今になって思えば、私自身にも改善できることはあったと思います。
正しいと思うことを伝えるだけでは、組織は動かない。
相手の立場をもっと理解し、違う方法で働きかけることもできたのかもしれません。
ただ、当時の私は、自分が正しいと思うことを実現するために、一生懸命でした。
仕事が「欲求」から「義務」に変わった
それでも、仕事を続けてきました。
現場には、一生懸命働いている社員がいます。
自分を頼りにしてくれる人もいました。
だから、簡単に投げ出すわけにはいかない。
責任ある立場になればなるほど、その思いは強くなりました。
以前は「やりたいから働く」でした。
ところが、いつの間にか「やらなければならないから働く」に変わっていました。
仕事への欲求が、義務感に変わっていたのです。
さらに、長時間の拘束も負担になっていました。
仕事をしている時間だけではありません。
仕事が終わっても、翌日のことや会社の問題が頭から離れない。
休日も、心から仕事を忘れることが難しくなっていました。
若い頃は、休日に仕事のことを考えるのが楽しかった。
ところが、いつしか仕事のことを考える時間が、負担になっていたのです。
同じように仕事のことを考えていても、気持ちはまったく違いました。
そして、ふと考えるようになりました。
「自分の人生、このままでいいのだろうか」
会社を良くしたいという思いは変わらない。
でも、そのために自分の人生の多くの時間を使い続けることが、本当に自分の望む生き方なのだろうか。
54歳になって、そんなことを考えるようになりました。
会社に行くことすら苦しくなった
そんな葛藤を抱えながら働くうちに、体にも変化が現れました。
頭痛や動悸が出るようになり、会社に行くこと自体が苦しくなっていきました。
会社を休むことも増えました。
休めば、現場の人たちに負担がかかるかもしれない。
こんな状態で、高い給料をもらっていていいのだろうか。
そんな罪悪感もありました。
会社のために働かなければならない。
でも、会社に行くことがつらい。
その間で苦しむようになりました。
そして、適応障害と診断され、現在は休職しています。
あれほど仕事が大好きだった自分が、ここまで変わってしまうとは思ってもいませんでした。
休職して仕事から離れたことで、ようやく自分の時間を持てるようになりました。
今まで当たり前だった仕事中心の生活。
そこから離れてみると、仕事以外にもやりたいことがたくさんあると気づきました。
そして、これからの人生をどう過ごしたいのか、真剣に考えるようになりました。
休職後、会社には退職も考えていることを伝えました。そのときの経緯は、こちらの記事に書いています。
→ 休職中に「退職も考えている」と会社に伝えた|55歳、退職へ一歩進んだ日
年収1,100万円よりも大切にしたいもの
今の年収は約1,100万円です。
54歳でこの収入を手放すことが、簡単な決断ではないことは理解しています。
今まで積み上げてきた役職や立場もあります。
経済的なことだけを考えれば、今の会社で働き続ける方が安心でしょう。
実際、退職後も住宅ローンの返済は続きます。
生活費も必要です。
お金の心配がなくなったわけではありません。
それでも、今は収入や肩書きよりも、自分が納得できる時間の使い方を大切にしたいと思っています。
54歳になった今、これから先の時間は無限ではありません。
年収1,100万円を維持するために、やりたくない働き方を続ける。
それも一つの選択です。
でも、私は違う選択をしたいと思うようになりました。
仕事をすることが嫌になったわけではありません。
また夢中になれる仕事があれば、挑戦したい。
ただ、以前のように、自分の気持ちを後回しにして働き続けることはしたくありません。
これからは、収入の多さよりも、自分の時間をどれだけ自由に使えるかを大切にしたい。
そう考えています。
もちろん、退職後のお金については現実的に考える必要があります。金融資産と住宅ローンを踏まえた資金計画は、こちらの記事にまとめています。
→ 金融資産5,700万円・住宅ローン7,000万円超で早期退職できる?54歳の資金計画
34年間の経験は、私の財産
退職を考えるようになっても、これまでの会社員人生を否定するつもりはありません。
夢中になって働いた日々。
努力が成果につながった喜び。
多くの社員と一緒に仕事ができた経験。
どれも、私にとって大切な財産です。
会社のおかげで成長できたことも、たくさんあります。
だからこそ、今の状況を残念に思う気持ちもあります。
できれば、最後まで仕事を楽しみながら働きたかった。
一方で、自分の考えがすべて正しかったとも思っていません。
もっと違う向き合い方があったのかもしれません。
それでも、34年間、一生懸命働いてきたことに後悔はありません。
仕事が大好きだった自分も、今、退職を考えている自分も、どちらも本当の自分です。
これまでの経験を無駄にするのではなく、これからの人生に生かしていきたい。
これまでは、やりたい仕事を一生懸命やってきました。
これからは、やりたい人生を一生懸命生きていきたい。
34年目にして、ようやくそう考えるようになりました。
退職を考えるようになってから、実際に準備を始めたこともあります。


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