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最近、倹約することが楽しくなってきた。お金の使い方が変わった理由

買い物かごと割引食材を持ちながら、倹約する楽しさを感じている50代男性のイラスト 住宅・生活費

以前から、私はそれほど無駄遣いをする方ではなかったと思います。

ただ、今と比べると、お金の使い方はかなり違っていました。

特に去年、一昨年あたりは、飲み代だけで月10万円を超えることも何度もありました。

飲みに行けば、帰りはタクシーを使うことが多く、翌朝も出勤のためにタクシーを使うことがありました。

数字だけを見ると、かなりお金を使っていたように見えるかもしれません。

でも当時の私は、それを単純な無駄遣いだとは思っていませんでした。

飲み会もタクシーも、自分なりに価値があった

私は昔から、いろいろな人の話を聞くのが好きです。

飲み会では、仕事の話だけではなく、その人の考え方や経験を聞くことができます。

自分にはない視点を知ったり、

「そういう考え方もあるのか」

と思ったりすることもありました。

そうした時間は、自分にとってかなりプラスになると思っていたので、飲み会には積極的に参加していました。

タクシーも同じです。

単に楽をするためだけに使っていたわけではありません。

仕事をしていると、時間には限りがあります。

少しでも早く帰る。

移動中に体を休める。

翌日の仕事に備える。

そう考えると、タクシー代を払って時間を買うことは、自分にとって合理的な選択でした。

当時は、

お金を使ってでも、時間や体力を確保することに価値があった

のだと思います。

時間に余裕ができて、お金を使わなくてもよくなった

今は会社を休んでいるため、以前より時間に余裕があります。

ここが、お金の使い方が変わった一番大きな理由かもしれません。

以前ならタクシーを使っていたところでも、

「急ぐ必要もないし、ゆっくり帰ればいい」

と思えるようになりました。

時間に余裕ができたことで、タクシーに頼らずに済む場面が増えています。

我慢しているというより、今は時間の使い方そのものが変わったのだと思います。

資産を増やすだけではなく、必要な生活費を考えるようになった

以前は「退職するまでに、どれだけ資産を増やせるか」をよく考えていました。

でも最近は、資産額だけでなく、自分が毎月いくらあれば満足して暮らせるのかを知ることも大切だと思うようになりました。

今は月45万円以内をひとつの目安にしています。

実際の支出については、「月45万円で生活できるか?2026年7月の支出を公開【確定版】」でも記録しています。

15,000円の飲み会を断った

先日、15,000円ほどかかる飲み会がありました。

以前の私なら、誘われればそれほど迷わず参加していたと思います。

でも今回は、予定を聞いたときに一度立ち止まりました。

「15,000円を払ってでも、この飲み会に行きたいだろうか」

そう考えてみると、答えは「そこまでではない」でした。

払えないからではありません。

以前ならあまり考えなかったことを、今は一度考えてから決めるようになった。そのことの方が、自分にとっては大きな変化です。

倹約が、ちょっとしたゲームのようになってきた

最近は、日常の小さな支出についても考えるようになりました。

今月は、固定費を除けばほとんどお金を使わなかった日もあります。

そんな日は、

「今日はほとんどお金を使わなかったな」

と思うと、少し嬉しくなります。

スーパーでは、以前より割引シールが目に入るようになりました。

冷蔵庫の中もよく確認し、残っている食材から先に使うようになりました。以前は使い切れずに捨ててしまうこともありましたが、最近はほとんどありません。

一つひとつで減らせる金額は、それほど大きくありません。

それでも、どうすれば無理なく余計な支出を減らせるかを考えること自体が、ちょっとしたゲームのようで、少し達成感があります。

今になって思い出す、子どもの頃のお金の感覚

最近、こうしてお金の使い方を考えるようになって、ふと子どもの頃のことを思い出しました。

今になって考えると、私のお金に対する感覚には、両親の影響もかなりあったのかもしれません。

私の両親は、昔からかなり無駄遣いをしない人たちだったと思います。

子どもの頃、母がおやつを買ってきてくれることがありました。

たまにロッテリアでハンバーガーを買ってきてくれるのですが、だいたいは普通のハンバーガーでした。

それがチーズバーガーだった日は、

「今日はチーズが入っている」

それだけで、少し嬉しくなったのを覚えています。

今ならそれほど大きな違いではありませんが、当時の私にとっては、チーズバーガーはちょっとしたご馳走でした。

中学生の頃には塾へ通っていました。

塾が終わると、友達同士で「マックに行こう」と話しながら、そのままマクドナルドへ向かうことがありました。

でも私は、あまりお小遣いをもらっていなかったので、一緒には行かず、一人で家へ帰っていました。

友達が楽しそうに話しながらマクドナルドへ向かっていく中、自分だけ別れて帰る。

そのときは、やはり少し寂しかったのだと思います。

なぜか、その場面は今でも覚えています。

今振り返ると、両親には昔から、

「必要のないものにはお金を使わない」

という感覚があったのだと思います。

子どもの頃には少し窮屈に感じていたその感覚を、今になって自分から取り入れている。

そこは少し不思議です。

お金を使わないこと自体を目的にはしたくない

一方で、気をつけたいこともあります。

倹約が楽しくなったからといって、本当にやりたいことまで「もったいないからやめよう」となってしまえば、本末転倒です。

ゴルフや登山、旅行など、自分が本当にやりたいことには、これからもお金を使いたいと思っています。

飲み会でも、「この人たちと話したい」と思えば参加するでしょう。

大切なのは、安いか高いかではなく、自分にとってその支出に価値があるかどうか。

目指したいのは、単なる節約ではなく、自分が納得できるところにお金を使う生活です。

倹約は、退職後の暮らしを知るための練習

今やっている倹約は、単にお金を残すためではありません。

これから自分が、どれくらいのお金で満足して暮らせるのかを知るための練習だと思っています。

退職後に働かず、これまで貯めてきた資産を取り崩しながら暮らすことが現実的なのかについては、「退職後に働かないという選択は、本当に現実的なのか」でも考えています。

子どもの頃、チーズバーガーをご馳走だと思っていた自分。

友達がマクドナルドへ向かう中、一人で帰っていた自分。

その頃には分からなかった両親のお金の感覚を、今になって少し理解できるようになったのかもしれません。

倹約することそのものが楽しいというより、自分は何にお金を使えば満足できるのかが、少しずつ分かってきた。

そのことが、今は楽しいのかもしれません。

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